[New moon cafe Merta Sari] 第5話 10月の新月 ものがたり その1

押しボタンを押すとプシューッ、と言う音とともに、ガラガラと開くその扉。

扉の向こうは、今月は内側ではなく、緑の広がる外だった。

今月、私は新幹線から乗り換えて、小さな2両編成のローカル電車に乗ってエミさんの元へと向かっている。

10月9日新月、思いもかけない展開に自分でもびっくりしていた。

 

***

 

先月末、お店を出る間際に伺ったアーユルヴェーダの森の中のリトリート。

 

場所と行き方と一泊二日の日程を伺うとすぐに、二日間のお休みをとったのだった。


ドキドキしながらタラップを降りて、エミさんが待っているという駅の改札へ向かう。

初めて降りる小さな駅。

 

東京よりも少し北の高原にあるこの場所には、少し早く秋が訪れていて、空も高く、そして何よもひんやりとした空気は透明で、その清さに驚いた。

「空気が美味しいってこういうことか、、」と思わず目を閉じて深呼吸をする。


ボストンバックを肩に下げて、改札をでるとそこにお店で立っているそのままの姿のエミさんが、車の傍ににっこり笑って立っていた。

 

「いらっしゃいませ」

 

エミさんのそのいつもの顔を見るだけで、知らない土地の、誰もいない駅前のロータリーの空気の静寂がパチンとはじけた。

そしていつものリラックスした空気と共に景色に色がついた。

 

***

 

「アーユルヴェーダ、森のリトリートにようこそ。」

駅からエミさんの運転する車に乗って、さらに標高を上って行く。

リトリート、とは耳慣れない言葉だが退却や後退という意味の英語で

「隠居、隠居所、隠れ家。 避難所」という意味もあるそうだ。

キリスト教の伝統においては「静修、黙想」を意味し、

日常生活を離れた静かな場所で、自分は誰か、何をしたいか、を問う精神的な活動のことを指す、という。


***

 

車の窓を全開にして、高原の澄んだ空気を顔いっぱいにバシバシと当てながら

 

「高原の空気って、気持ちいいですよねーー!」と風に負けない声で言うエミさん。

そして大きなトラックが横を通過するたびに、ササっ素早く窓を閉めて、排気ガスを一切吸わないようにと顔を固めるそんなエミさんの動きを繰り返し、後ろのシートから眺めていると

 

なんだかおかしさと愛おしさが同時にこみ上げてきて、ついついプライベートで一緒に車に乗っているかのような居心地になってしまうのだった。

 

くすくす笑いながら、窓の外を眺める。

 

視界を満たすのは、緑、緑、緑。 

ただただ、木々の緑と、

そして高く澄んだ空。

東京から少し電車を乗り継いで来ただけなのに

 

こんなにも気持ちいい世界があるなんて、と

本当にしみじみと感動してしまう。

遠くの山々は少し赤や黄色に染まっている部分もあり、

絵に描いたような秋の訪れを感じた。

 

***

 

途中から別荘地に入り、森の中に隠れるように小さな家々が存在する場所まで来ると

 

「お疲れ様でした。到着しましたよ。」といって

エミさんが車を止めた。

車から降りてカサカサと落ち葉が足元いっぱいに重なる地面を踏みしめる。

湿った土の匂いと、乾いた葉っぱの香りが入り混じって

ああ!森の香りだ!と、また胸いっぱいに深呼吸をする。

葉っぱの絨毯が緩やかな下り坂になっており、その坂の下を見ると

 

そこには煙突の付いた可愛らしい小屋があった。

 

バッグを持ったエミさんが

 

「今晩はこちらでお泊まりいただくことになります」

とにっこり笑って坂を下りて行く。

 

私もエミさんについて、ガサガサと落ち葉を踏みしめ、太ももに力を入れながら坂を下りて行った。


近づいてゆくと、大きな窓からマッサージベッドが見えて、

それがただの山小屋ではないことがわかった。

 

ただの旅行ではない。

リトリート。これから何が始まるんだろう、、、!

初めて出会うセラピストとしてのエミさんにも

胸が高鳴った。

 

Written by Saki IKEDA

その2へ