New moon Cafe Merta Sari 5月の新月 [ものがたり] 第12話 その2

「お夕食が終わって、2−3時間ほどして胃が空っぽになったら、本日のトリートメントに入りましょうか。本当は体のアグニが最も高まる太陽の出ている時間が、排毒には最も適しているのですが。」

エミさんが今後のリトリートのスケジュールについて、考えながら言った。

 

「エミさん、ありがとうございます。そうなんですね。

もしそうでしたら、今日はこのままゆっくり休んで、明日の日中にトリートメントをお願いできますか? せっかくなので、自然のリズムに乗ってみたいんです。」

 

私はそう答えた。

 

疲れているから、今すぐマッサージを受けたい、

誰かの手のぬくもりで癒されたい、

そういった気持ちとは少し違う次元で

自然のリズムの中で行う浄化療法、アーユルヴェーダのアビヤンガを最善のタイミングで受けてみたい、と思いわたしはそう言った。

 

それを聞いてエミさんは

 

「わかりました。それでは、明日は日の出の90分前のブランマチャリヤという最もエネルギーの高い時間帯に一緒に起きましょう。

そこで、呼吸法と瞑想と、そして簡単にヨーガのアーサナを行って、

お白湯をのんで、心身を整えた状態でトリートメントを始めましょうか。

そうそう、朝の歯磨きや排泄もお忘れなく。明日はお天気もよいようなので、アビヤンガでの排毒にはとっても適しているようですから。」

と答えた。

 

「お天気も、関係あるんですか?」

私がそうたずねると

 

「ええ、曇りや雨の日は体の中のスロータス(経路)が閉塞しているので、排毒には適していないのです。現地のアーユルヴェーダの医院では排毒には必ず晴れた午前中を選ぶんですよ。

人間の体は、季節、そして気候、天気それらすべての大きな条件に必ず影響を受けていますものね。

その大きな自然の中の一部としての人間。波に乗るように、大きなその天のリズムに乗っていけば、自ずと体も心も整うようにできている、そんな風に私も思います。

私がアーユルヴェーダを大好きな理由は、そこです。」

 

とエミさんは答えた。

 

そっかあ、と私は深く納得した。

アーユルヴェーダを学び始めて、いろんな理論がしっくりとくるなあと思っていたけれど、

 

その理由がわかった気がした。

 

大きな自然の中の一部としての人間。

そんな感覚を、都会での生活の中ではうっかり忘れかけてしまうのだった。

忘れてしまう、思い出せない、だから辛かったのかもしれない、

そうふと思った。

 

***

 

一緒に食器を洗い、片付けをすると、エミさんは

「ではまた明日の朝に。どうぞゆっくり今夜は休んでくださいね。」

と言って笑顔で手を振って帰って行った。

 

 

一人になると途端に、辺りの暗闇と静寂が大きくなった。

街灯のない森の中は、都会では出会うことのない本当の夜の闇と匂いがあり、

全神経を研ぎ澄ませてその中に一人佇んだ。

 

目を閉じても開いても同じ暗闇。

なんども目を閉じたり開いたりしていると、なんだかとても嬉しかった。

 

 

 

気づくと空気がひんやりと冷たく、体も冷たくなっていた。

5月とはいえ、標高1000m近いこの場所は。夜になるとしんと冷える。

 

部屋の暖炉の前に座り、薪をくべマッチで火をつける。

着火剤代わりに新聞紙を硬く棒状に捻り、最初に入れるのがポイントだとエミさんから習った。

試行錯誤をしながら、火がうまく燃えるように調整する。

 

真剣に火を見つめて、集中していると時を忘れた。

徐々に部屋が暖まり、パチパチと木の爆ぜる音が部屋に響く。

火が安定してきたので、ホッとして、

ソファに深く腰掛け、暖炉を見つめる。

 

なんて贅沢な時間なんだろう、と思った。

 

 

 

贅沢な暗闇、

 

贅沢な静寂、

 

贅沢な無心の時間。

 

ゆっくりと目を閉じ、さらに体を深くソファに沈み込ませる。

 

ああ、なんて贅沢なんだろう、ともう一度、思った。

リトリートに来よう、と思った時の乾いた気持ちは

もはやずっと彼方にあった。

 

written by Saki IKEDA

つづき その3 明日10:00up!