[New moon cafe Merta Sari] 第1話 6月の新月 ものがたり その3

いつの間にか、来客がもう一人いて、お店の方のにこやかに話している。そして、ガサゴソと紙袋から紫色をした小瓶を幾つかお店の方に渡して、談笑した後ににっこりと会釈して去っていった。

 

「ご近所さんなんですよ。」とお店の方が私の視線に気づいて説明してくれる。

 

「庭の桑の木があっという間に大きくなって、今年もたくさんの桑の実がなったとのことで、シロップを作っておすそ分けくださったんです。雨が降り込める前にたくさん摘んで。もしよかったらちょっと召し上がってみませんか?」

そう言って、小さな可愛らしいお皿にささっと透明のゼリーを砕いて盛り、その上にルビーレッドのシロップと粒々した桑の実を一粒乗せてさっと出してくれた。

 

メニューにも載っていないデザートが出てくるなんて、といつもだったら恐縮して辞退するような私なのに、その小さなお皿があまりにもキラキラしていて美味しそうだったので、つい口に運んでしまった。なんだかお店というよりも友達の家や、実家に来たかのような心地よい甘えの気分になっていた。

 

生まれて初めて見る桑の実と、その色の深い吸い込まれそうなシロップ。

こんな風に庭の果実を摘んでシロップを作って近所にお届けにくる若くて綺麗な女性がいるなんて、なんだかおとぎ話の森の中のようだなあと、改めてため息をつく。こんな風に、季節に合わせて庭の恵みを頂いて、好きな人におすそ分けをしたりして、、、。

 

お皿の中で、ゼリーとシロップが混じり合って、紫陽花の花を思わせる。

半分ほどお皿が進んだ頃に

「食後のハーブティーなのですが、新月のためのエネルギー調整に。そして、お客様の消化を助けてくれるようなハーブとスパイスで、調合させていただこうかと思うのですが、苦手なお味などありますか?」

と、お店の方が訊きに来てくれた。

 

苦手な味は特にないと答えながら、エネルギー調整なんて、まるで魔法使いのようだな、そして、どうして私の胃腸の調子が良くないことがわかったんだろう、、、と、メニューの「〜素敵な新月明けの朝を迎えるために」という文字を眺めながらぼんやり夢見心地で思う。

食後のハーブティーは、お食事に使われていたハーブと同じ長野のハーブ園の方が作られているとのことで、ドライハーブならではの、お日様の乾いた香りがした。

 

カモミールの優しさ、ミントの清々しさ。きっととても健やかな育ちのハーブたちなのだろうな、どんな方がどんな風な日常の中で、このハーブたちを育てているんだろう。長野も広いし、どのあたりなのだろうな、行ったことのない場所なのだろうな、と口元から広がってゆく世界に思いを馳せながら、そこに少し加わったフェンネルが食後の胃腸やニンニクの強さを、すっきりとやわらげてくれていることを感じる。

 

身体の声が聞こえる、とはこういうことなのだろうか?

今までこんなにリアルタイムで身体の変化を手に取るように感じたことなど一度もなかった気がするし、「身体の声を聴いて」と言われても、いまいちピンとこなかったけれど、

 

こんな風に、身体の中に胃があって、口から食べ物を摂取することで、生き生きと動き始めて、そのエネルギーを取り込んだ身体がぐんぐん元気になってゆく。

そして小さな種のようなスパイス一つで、舌がピリッとして汗をかいたり、胃がスッキリと爽やかに感じたり、気づくと目もぱっちりとしていて、明らかに背筋も伸びて。この変化を「身体の声」と言うのであれば、それは常に私と共にある大きな生命の動きのしるしだったのではないだろうか。私がそれを見るピントの合わせ方を知らなかっただけで、常に私の身体は何かを食べるたびにこのようなダイナミックな変化をしていたのではないだろうか。

 

今、自分が来た時とは別の人間に、なっている気がする。

 

***

満たされた、美しい気持ちと体で、私はそのお店を後にした。

次は、あのお店の方にも話しかけてみよう。

ウッドデッキのテラス席にも出ていいか聞いてみよう。

あと、桑の実のシロップ、嬉しかったですとちゃんと自分の気持ちも伝えてみよう。

そんな風に思いながら、手帳のページの次の新月7/13にマルをつけた。

 

今日から始まって、次の新月まで28日間。

たった28日だけれど、毎日がこんなエネルギーに満ち満ちたご飯を食べていたら、きっと今の自分とは別の自分になっているのだろうなあと思う。身体の中の構成要素がすべて入れ替わり、あのお魚やハーブや野菜のような、あのお店の女性のようなイキイキとした自分に。

 

だけれど私は、きっとまた日常の人間関係で磨耗したり、生理前に便秘したり、生理がきて下痢になったり、ストレスでいろんなものをやけ食いしたりして、一ヶ月後にはまた這々の体でこのお店のドアを開けるに違いない。

 

でもいつかどうにかしたいなあと思っている日常の課題の数々、どうにもならないと思って諦めていた重苦しい物事も、このお店のご飯を食べた後だと「どうにかなるのかもしれない」と希望を持って見ることができる。

 

そうだ、次にここに来るまでには何か一つ、変わっていよう。今とは違う、自分になっていよう。

 

そうしたら、あの素敵なお店の方にも堂々と話しかける勇気が持てるかもしれない。

そして、ハーブがどこからやってきたものなのか、聞いてみよう。もしかしたら、旅行に行くついでにそこに立ち寄ることもできるかもしれない。

 

そんな風に思って、ワクワクしながら軽い足取りで私はいつもの暮らしに戻って行った。

 

FIN

Written by Saki IKEDA

 

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New moon Cafe Merta Sari もくじ

6月の新月

◯Story-ものがたり

《ものがたり》第1話 6月の新月 その1−1
《ものがたり》第1話 6月の新月 その1−2
《ものがたり》第1話 6月の新月 その1−3(最終話)

◯Recipe-レシピとオススメのお店

《Recipe》6月のnew moonスープ ギーを垂らしたアスパラガスのポタージュ
《Recipe》6月のnew moon旬のお魚 イサキの香草焼き
《Recipe》6月のnew moonデリ 茗荷とナスの醤油麹とギー炒め
《Recipe》6月のnew moonデリ ツルムラサキの白みそ和え(ギーとしょうがを隠し味に)
《Recipe》6月のnew moonデリ 採りたての空豆とグレープフルーツと黒こしょうのサラダ
《Recipe》6月のnew moonデリ 人参とデーツの梅酢サラダ
《Recipe》6月のnew moonごはん えんどう豆と自然五穀米のご飯(クミンを隠し味に)

《Recommend》6月のパン バゲット by KAiSO
《Recommend》6月のデザート 桑の実シロップby 焼き菓子malco 村上祥子
《Recommend》6月のお茶 月の光に包まれて ~素敵な朝を迎えるために~ byLehti Farm(レティファーム)
《Recommend》6⽉のワイン トゥーレーヌ ル・プチオ 2015(白)、ナチュールルージュ2016(赤)