[New moon cafe Merta Sari] 第2話 7月文月 ものがたり その3

「この間、ハーブを摘みにいったんです。」

おもむろに、お店の方が言う。

「その近くに昔からあるパン屋さんがあるのですけれど、

本日のパンはそこのカンパーニュなんです。」

 

***

 

このさらっと爽やかな彼女の振る舞いは、

日常を共にする誰とも違っていて、

むしろいうならば人間というよりもハーブの精みたいで

それがなんだか嬉しいからなのか、自然と笑みがこぼれてくる。

なんだかわからない、可笑しさと美味しさの高揚感で

「ハーブ、長野いつもへ摘みに行かれるのですか?」

と思わずたずねると

「Lehtiさんという、素敵なハーブティーを作っていらっしゃる農園が長野にあって、そこに先日初めてお邪魔させていただいたのです。あまりにもハーブティーが美味しいからどうしてかなって思って。」

と小首を傾げながら言うその姿には、飾らない素直さが親しみとして現れていて、

ああ本当に会っていて嬉しい人だなあと思う。

外部評価から逆算した美しさとは全く異なる

その人がその人としてまっすぐに

生きようとしている時に出てくる

集中力のような

その人にしか出せない美しさ。

と同時に、街にある息苦しさは、その逆だからなのかもしれないな、とふと思う。

不安から免れようと誰かからの評価を(否定的なものであればある程)信じ込み

からだも心も歪めて、懸命に努力する苦しさ。

それがこの人やこの場所には全くないのだ。

お店を囲む森のような木々も、

良く見るとお店の中のお皿やグラス、カトラリーの一つ一つも

有名無名を問わず、ただ真っ直ぐに愛されていることがわかる。

ただ純粋な存在感を、自然も、物も、人も、放っている。

そんな場所がここなのだ。

その放たれるじわじわとした光をも一緒に体に取り込むように

もぐもぐ、もぐもぐ、とひたすらに口を動かす。

素材が口の中で弾け、混じり合い、そして体へと溶け込んでゆく。

誰かと一緒にご飯を食べるのも楽しいけれど

こんなにもお食事そのものと向き合えるのは

一人の醍醐味だ、と思う。

あまりにも集中しすぎて、時が止まったようだった。

不思議な、不思議な体験だった。

「本日のスープも、ハーブ園の近くにあるTombouctou(トゥンブクトゥ)という宿のご主人に教えていただいたんですよ。とっても美味しくて、私も感動してしまって。」

食べ終わって、放心しているような私の眼の前から、食器を下げに来てくれた彼女が、そう言った。

美味しいという体験の感動がそうやって人から人へと渡ってるのかと思うととても暖かな気持ちになった。

トゥンブクトゥ、少し不思議な言葉だけれど、覚えている。

確か英語で「世界の果て」「想像しうるもっとも遠い場所」という意味だ。

実際に同じ名前の地名がアフリカにあるとも聞いた。

見たことのない世界は、桃源郷のように思える。

トゥンブクトゥにたどり着いた彼女も、また私から見ると桃源郷の人だけれど、

そんなトゥンブクトゥの食べ物が手から手へと伝えられ、今自分の、現実の世界の中でいただいている。

「宿のご主人は、若い頃から船で、ヨーローパや世界中を旅してこられた方で、研究のお仕事がご専門だったそうなんですけれど。ご夫婦でね、宿をされていたんです。奥様が亡くなられてからはお一人で。今は時々お嬢様がお手伝いにいらしているんです。」

と彼女がそっと微笑みながら言う。

たくさんの世界を見てきた方が作った、世界の果てで家族と作った温かな場所。そこで人を迎え入れること。

まだ会ったことのないそのご主人の、そんな人生に、想いを馳せる。

 

***

 

「あ、食後に、本日はLethiさんのハーブをそのまま召し上がっていただけるデザートをお出ししますね。」

そう言って、空いたお皿を持った彼女はすっとカウンターの向こうへ消え、

またひらりと美しくグラスに入った、ゼリーを運んできた。

ゼリーの中には、色とりどりのお花が閉じ込められており、

そばに添えられている黄色く完熟した梅のジャムにレッドペッパーの赤のアクセントが鮮やかに光る。

そうか、先月は青梅だったけれど、もうこの一ヶ月で梅は

こんなに甘く、黄色くなっていただけるようになったのだな、と

また時の経過を感慨深く思う。

 

時間は黙って、いろいろなものを変えてゆく。
あっという間のようでいて、毎年確実なサイクルで。

「こちら、葛と寒天で作ってあります。夏は暑いので、体を冷ましたいんですけれど、冷えすぎてしまうと、ほら、逆にまた体って辛いので、ね。体、冷えすぎないように、良い塩梅になりますよう。」

と、葛の効能について教えてくれるとも、また夏の過ごし方について少し控えめにアドバイスをしてくれているともつかない、(きっと両方なのでしょう)口調で、お皿を目の前に置いてくれる。

夢見るようでいながら、いろいろな知識を備えているハーブの精なんだな、とそんな一面を頼もしく、また魅力に感じる。

ハーブをデザートとして「食べる」経験は初めてで、お花たちを丸ごとつるりと口に運びながらも心はしみじみとフィナーレに向かって行く。

これを食べたら今日のランチも終わりだな、、、と

何か映画のエンドロールを見ているような、舞台のカーテンコールの時間のような

そんな晴れやかな気持ちだった。

 

***

 

「先月の、桑の実のシロップも美味しかったけれど、

今月のハーブと梅のジャムも、とっても美味しかったです。」

最後にお会計をしながらしっかりとそう言って、

満たされた、美しい気持ちと体で、私はそのお店を後にした。

手には「それなら、もしよかったらどうぞ」

と言って小分けにしてもたせてくださった梅のジャムの小瓶と、

さらにおまけです、と言ってくださった

長野の富士見町というところの

ルバーブとシナモンのジャムの小瓶の紙袋を抱えて。

また明日からは消えてなくなる不思議なこのお店。

次もまた来よう。

そんな風に思いながら、手帳のページの次の新月8/11にマルをつけた。

 

今日から始まって、次の新月まで28日間。

うだるような暑さが続いて、きっとまたあっという間に次の新月がやってきてしまいそうだ。

外の太陽は、安定して夏の力を見せつけ続けている。

灼熱の光を思わず手で遮る。

次に来た時は、仕事も夏休みだからランチにワインも頂こうかな。

そして、誰かと、来てみようかな。

と初めて思い立ち、歩きながら少しワクワクした。

こういう場所を私は誰と分かち合いたいのかな?

自分の中の奥の方に眠る大切なものをシェアするので

慎重な気持ちになりながら、

いろいろな人の顔が頭の中を駆け巡る。

気がつくといつもの駅の前に立っていた。

またこの体験には続きがある、

誰かとの続きがある、と思うと

いつもの暮らしに戻ることが逆に、楽しみになった。

 

 

-FIN

 

Written by Saki Ikeda

 

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New moon Cafe Merta Sari もくじ

7月の新月

◯Story-ものがたり

《ものがたり》第2話 七月文月の新月 その1−1
《ものがたり》第2話 七月文月の新月 その1−2
《ものがたり》第2話 七月文月の新月 その1−3(最終話)

◯Recipe-レシピとオススメのお店

《Recipe》薬味たっぷりのクラムライス
《Recipe》採れたてトウモロコシのポタージュ by Tombouctou
《Recipe》スイカと山羊のチーズのサラダ
《Recipe》ズッキーニのバジルソテー(ギーで風味よく)
《Recipe》ナスとミントと鶏のヨーグルトサラダ
《Recipe》クレソンご飯(カッテージチーズで涼やかに)
《Recipe》夏野菜のクスクスタブレ

《Recommend》カンパーニュ by Yatsugatake country kitchen bakery
《Recommend》ビオワイン: コート・ドゥ・プロヴァンス ロゼ2016 (ロゼ)


 

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作者・レシピ監修 Sakiさんよりメッセージ

organic private spa Mertasari(メルタサリ)様のHPにて、日本初(?!)のアーユルヴェーダ小説を書かせていただいております。

バリでご修行されてこられた、そして10代の頃からヨギーニでもあるMerta SariオーナーセラピストのEmiさんをモデルとした、架空と現実の狭間のcafeを舞台に季節や気持ち、そしてアーユルヴェーダの持つ智慧や、自然の一部としての生命感と癒しについて、読みやすい物語調でお届けできたらいいなあと願っています。

読んでみて、面白かった/つまらなかった、アーユルヴェーダのこういうことが知りたい、などなどご感想ありましたらぜひ教えてください。