[New moon cafe Merta Sari] 第４話９月の新月ものがたりその３

「はい、今月のお魚プレート、スパイスたっぷりのサンマのタジンです。」

そう言って、嬉しそうにニッコリと笑う。

タジン鍋！！このユーモラスな形を見てとても懐かしくなった。そういえば一時期とても流行った気がする。三角の帽子のような蓋をしたタジン鍋のお料理をだすお店もできて、個人的にタジン鍋を購入していた友達もたくさんいたっけ。

「タジンはもともと北アフリカで使われていたこの陶器の土鍋のことなんです。この鍋でお料理するとトンガリ帽子の中に蒸気が巡って、素材の美味しさそのままに水も少量で美味しく仕上がるのですよ。」

そっか、アフリカと聞いて意外だったけれどモロッコはアフリカ大陸にあったんだなとおぼろげな世界地図を頭の中に思い浮かべながら、この可愛らしいトンガリ帽子の鍋を眺める。

蓋、取りますね、とまるでいたずらっ子のように私に目配せをしながら、笑顔でエミさんが開けると

刺激的な香りが最初に鼻をくすぐり、その後に、鮮やかなレモンの黄色、パプリカの赤、そして鮮やかな緑のパクチーやディルなどの奥にびっしりとスパイスにマリネされたサンマが、湯気の向こうからボワワーーンと隠された秘密のように浮かび上がってきた。

頬に感じる蒸気の温かさに、思わず「わあ〜！」と歓声をあげる。

「夏から秋へ、変化の大きな９月の身体を整えるスパイスがたっぷり入っています。どうぞご飯と一緒にゆっくりお召し上がりくださいね。」

エミさんがまた嬉しそうに笑う。

塩焼きではなくて、こんな異国情緒あるお料理で秋の訪れを告げるサンマ楽しむはのは初めてでワクワクしてしまう。

メニュー名通りスパイスが“ふんだんに”使われたサンマの塩気と脂が、ほんのり甘い香りのするとうもろこしのご飯とまた絶妙な取り合わせで、

９月のランチには完全にノックアウトされてしまった。

食べれば食べるほど、体が目覚めてゆくような、そんなスパイスの量と新しい季節の到来を告げる旬の魚の美味しさ。

ジューシーなさんまの脂が、秋になり乾いてきた空気にピタリとはまる。

心なしか乾いていた自分の体や、気持ちにもとてもしっくりくるのだった。

「エミさん、このタジン、本当に美味しいです！」とキッチンに向かって思わず大きな声で言う。

「でしょう。」と手を拭きながらエミさんがひょっこりキッチンから顔だけ出してまた嬉しそうに言う。

エミさん先月モロッコの一流のタジン料理のお店に行った時の話（先月のストーリーはこちら）をされていたなと思い出し

「モロッコのレシピなのですか？」

と尋ねると

「ううん、今日はね陶芸家の陶子さんの特製タジンなのです。そして実はこのタジン鍋も陶子さんの焼かれたものなのですよ。」

とエミさんが答える。

「ええ！鍋から！？」

驚いて椅子から落ちそうになりながら、キッチンを覗いてみると奥で

「こんにちは！」と言いながら凜とした女性が、作業をしながら軽く会釈をした。

陶芸家の陶子さん。

凛とした佇まいと明るい顔の彼女を見て
またパッと心に灯がともった気がした。

素敵な方がたくさんいるんだ。

まだ話したこともないのに、そう思ってなんだかドキドキした。

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Written by Saki IKEDA

New moon Cafe Merta Sari　もくじ

９月の新月

◯Story-ものがたり

◯Recipe-レシピとオススメのお店

[New moon cafe Merta Sari] 第４話 ９月の新月 ものがたり その３