「いらっしゃいませ」
暖かそうな室内の様子を確認し、そっと扉を開けると
テーブルを拭いていたエミさんがその手を止め、
顔を上げてにっこりと微笑んだ。
よかった、また来られたんだ。
久方ぶりの訪問に、ホッと安堵する。
月に一度、新月の日だけのお店なのに
先月の12月は日程を間違えてしまってこられなかった私。
そして秋は森のリトリートに参加していたので、New Moon Caféの訪問は実質9月以来だった。
見慣れたはずの店内も、久しぶりなせいでなんだか新鮮に映る。
キョロキョロと辺りを見回しながら、やっぱりいつもの窓辺の席へ
荷物を置き、腰を下ろす。
懐かしいなあ、と、心が解けてゆくようなこの気持ちを感じながら、窓の外に目をやる。
実家に帰ったような、という例えとはまた違う。この懐かしさは、場所への愛着と、以前このお店で感じた自分の気持ちへの懐かしさ。
そして、リスが木のうろの自分の小さな巣穴にすっぽりと入るような、身体的にもしっくりとくる居心地の良い自分の居場所への懐かしさだった。
小さな頃に、お正月になると遊びに行った祖母の家のこたつに潜り込むような、あの感覚。
ほかほかと、柔らかく暖かく自分を守ってくれるものに包まれて、
外の冷たい世界から隔絶された場所にいる安心感。
窓の外の森の木々はすっかり葉を落とし、
枝々の隙間からは、東京の新年の抜けるような青い空が見えていた。
裸の木のシルエットを見ながら、こんな雑木林だったのかと改めて思う。
前回の9月は、日中外に出られないほど暑く、夜に外出してこちらに来たのだった。
夜の庭は鬱蒼としており、茂る木々で濃密な闇を作っていたことを思うと、今この1月のキンと冷たい空気の中で見せてくれるこの景色はまるで別の世界のものだった。
季節の変化というのは何て大きいのだろう。
そういえば、呼吸をするのも苦しいくらいに湿度も温度も高かったんだ、前回ここに来たときは。
もう今はその感覚を思い出すこともできないくらい、乾いた空気と凍てつく寒さに体をこわばらせて歩くことにすっかり慣れていた。
本当に、季節の巡りというのは不思議だ。私たちはいつの間にかこんな大きな変化の中にいるのだ。そして、こんなにも大きな変化なのに、いつでもそれを当たりまえのように受け入れて、慣れてしまう。
そして、すぐに忘れてしまう。
それは同じ場所に座って定点観測すると、改めて驚くべきことだった。
「こんにちは。お久しぶりです。」という柔らかい言葉が聞こえ、オーナーのエミさんがいつもの通り、お白湯の入ったグラスとメニューを持って目の前に立っていた。
「お久しぶりです」私も、にっこり笑ってそう言った。
「あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。」と言って頭を下げるエミさんに、
私も椅子から立ち上がり、「あけましておめでとございます。こちらこそ、本年もよろしくお願い致します。」
と言って深々とお辞儀をする。
今年に入って、もう何度やりとりをしただろう。
今日で年が明けてから6日目。
松が明けるまで続くこのやりとりは、
毎年とても新鮮で、
新しい年を迎えるというのは
身が引き締まり、いいものだなあと思う。
「昨年は、本当に、いろいろとありがとうございました。」
また椅子に腰を下ろしながら私が言うと、
「ふふふ、こちらこそです。楽しかったですね。」
とエミさんが笑って言った。
そうだなあ、いろいろな言葉を探したけれど、
楽しかったですね、
と言われるとそれに尽きるなあと、思わず私も笑った。
このカフェに出会ってから、いろいろなことがあったけれど
ここで感じたこと、食べたもの、疲れてやってきて、元気になって帰ってゆくこと、誘ってもらった森のリトリートやそこでの出会いなど
本当に2018年に起こったことをまとめると
楽しかったんだな、と思う。
Written by Saki Ikeda