「これ、ほとんどお正月料理の素材だ!」
まだ家の冷蔵庫に残っているおせち料理を作るために買った野菜や食材たちが頭に浮かんだ。おせちと言っても、一人分なので大量に買った食材を使い切ることもなくまだ冷蔵庫に入ったものを、どうしたものかとちょうど思っていたところだったのだ。
それを聞いてエミさんがひょっこりやってきて
「そうなんですよ。よく気づきましたね。お正月の素材はそのままに、味付けや調理法でアーユルヴェーダのデリに仕立ててみました。」
と嬉しそうに言う。
「あ、そして今回はメインのお魚はなしで、全部お野菜です。お肉やお魚ってどうしても消化に重くなってしまうので、今回はとことん胃腸をケアしようと思って。そうそう、パンも普段のようにふくらんだものではなく、今回はライ麦と水と塩だけで、サクっと焼いたクラッカーのような薄い、体の重性を減らすものになっていますよ。これは冬が長く、冷たく重たいKapha(カファ)というエネルギーの増えやすい北欧諸国では日常的に食べられているものなんです。」
へー、とびっくりして思わずエミさんの顔を見上げた。
私も少しずつアーユルヴェーダを学び始めたけれど、今のところスパイスの知識と普段のご飯が結びつくことはなく、まだまだアーユルヴェーダの知識は日常とは別物だった。
アーユルヴェーダは3000年〜5000年以上も前から伝わるといわれる伝承医学だけれど、このように日常のご飯にもすぐに応用できるような智慧なんだな、と驚いた。
海藻やこんにゃくや小豆は排毒を促す、
大根のアミラーゼは消化酵素を整える、
など単体での栄養学的な知識は覚えればすぐに身につくけれど、
それらと、季節の食材と、そしてその時期に特有の体の特徴を
全てトータルで提供しているカフェがNew Moon Caféなんだ、
と知ると、改めてエミさんの知識の深さに驚いた。
そして、食べる人の体を思いやるエミさんの優しさにも。
***
色々悩んで、オーダーをし終えると
とたんにお腹がぐうとなった。
ショウガのスライスを噛んでからおおよそ20分、
本当に確実に空腹がやってきていて、気持ちが良かった。
「空腹は最大の調味料って言いますからね!お腹の空いている時に頂くご飯の美味しさは、格別ですよね。」
と言ってエミさんがまた笑った。
「でも、ショウガのたった一切れでこんなに効果があるなんて、びっくりしました。お料理に使うことはあっても、こういう風にショウガを食べたことがなくって。
そして、ショウガを食べた後はお白湯を飲んじゃいけないのはなんでだったんですか?」
と気になっていたことをついでに尋ねてみた。
「ああ、飲みものは消化液を薄めるので、やっぱり飲みすぎも良くないんですよ。特にせっかくアグニを上げている時にはね。あとお食事中や食後直後も、お水やお白湯をガブガブ飲むことは、逆に消化をそこねるのでやらないでくださいね。」
とエミさんは答えた。
消化が火に例えられるとしたら、水をかけられるイメージだからかしら?
と考えていると
「そうなんですよ。」
とエミさんがまたしても頭の中を読み取ったかのようなタイミングで答えるのでびっくりしてしまった。
今日のエミさんはたくさんのアーユルヴェーダに関する知識を教えてくれて、先生のようだけれど、
やっぱりこういうところが不思議で、アーユルヴェーダ全体の神秘的な印象を嫌でも高めてしまう。
***
ちょうどいいタイミングで、オーダーしたミネストローネと七草のサラダが美しい器に乗って運ばれてきた。
“体と相談して”と言われたので、今、身体が苦なく消化できる「量」をまずは選んでみた。
そして残りのデリは美味しそうなのでテイクアウトすることにした。
1日早い七草を、初めてお粥ではない形で頂く。
こんなアレンジも自由なんだな、と改めて
ステレオタイプなものの考え方に縛られていた自分に気がつく。
一口いただくと、シャキシャキした大根の瑞々しさに目を見張った。
七草のほんのりとした苦味と合わさって、お正月のお砂糖やお醤油たっぷりの日持ちのするお料理で重たくなった身体に、とても新鮮だった。
身体が喜んでいるってこんな感じだ!
と思った。
意外な組み合わせのミネストローネも、柔らかな素材で消化に優しく、
トマトと小豆という組み合わせの新鮮さに驚きながら
滋味深い味をゆっくりゆっくりと楽しんだ。
***。
New Moon Caféってなんてところなんだろう!
夏は夏の身体が喜んでいたし、
今はお正月明けの身体が喜んでいて、
いつも身体の状態は違うのに、
どの季節にも、身体の求めるものを知っているみたいだ。
そしていつでも食べると自分の中が美しくなっていくような
不思議なお料理。
***
また来月も来よう。
季節の移ろいを楽しみながら、
私もアーユルヴェーダの勉強を深めて、
次に来る時にはエミさんにもっともっとアーユルヴェーダの考え方も教えてもらおう!
***
お食事は心からの満足感があったのに、不思議と身体は軽かった。
そして、もったりとしたような気持ちの重だるささえも消えてなくなっていた。
やっぱり魔法みたいだな、と思いながらこれから待つ新しい日々に向かって、足取り軽やかにお店を後にした。
-FIN
Written by Saki Ikeda