[Emi’s Full moon papers] 2018.7 4周年を迎えるにあたって、思うこと。

メルタサリは、今月でプレオープンから4周年を迎えます。なかなかお会いしている時に、自分の想いをお話しする機会は少ないので、丸4年経った今、どう考えて、どのような思いでいるのかをみなさまにお話してみたいと思いました。長くなり、拙いですが、勇気を出してお伝えしてみます。


 

この4年、もっともっと良いものを提供したいと、アーユルヴェーダやそのほかの勉強を重ね、素晴らしいと感じるセラピストの方々の施術を受け、ご縁のある方に手伝っていただきながらイベントなどもすすめてきた。
時々、疲れて電池切れを起こすことはあったけれど、強い想いに突き動かされるように、頭の中が120%お仕事のことでいっぱいだった。

その思いは「自分をケアすることでもっと楽に気持ちよく日々を過ごすことができる、人は何歳でも無限の可能性を持っている。それを知ってほしい。」ということに尽きる。

1人で営むということは、自由で、自分のしたいことをどんどんつくっていくことができる楽しみが溢れているのと同時に、私の人としての器に全てがかかっているとも言えると思っていた。

このお仕事は、体に触れることを通して「いのち」に触れさせていただくお仕事だ。初めは、ただただ施術することが幸せで、意味などもよくわかっていなかった。
今は、そこには人としての本質があり、施術はいのちへの祈りであって、「いきる」ことに直結している、と考えている。[Merta Sari]という名前も心の深くにある美しさを授かるという意味を込めて、直感でつけたのだが、今になって、そういうことだったのか、と感じ入ることも多い。(ちなみに、後で知ったのだが、バリには、この名前のお店がいっぱいあった。笑)

たまたま、アーユルヴェーダに巡り合って約20年。30代になって、気がつけば、周りには不調を抱えて苦しんでいる同世代の友人たちがいた。
私は、19歳という若さでヨガに出会ったから、20代で体を壊したものの、より心身ともに健康になり、ありがたいことに、そういった不調で苦しむことなく、健康に過ごすことができているが、
たくさんの情報に右往左往しながら、太ってもいないのに10代からダイエットを続ける人や、体に合わない食事を取り続け、消化できずに不調を作っている人。ストレスを発散できないまま、日々走り続けている人。そんな友人たちをみながら「それ、治るのにな」と歯がゆい思いを感じた。

大切な親類が次々と亡くなった4年でもあった。病室や、寝室でできる限りの事をしてみた。小さな不調を知りながら、何もできなかった自分に無力感を感じた。そして私の中に強い危機感が生まれた。体というのは不調が小さいうちに、それを取り除く良い習慣を作らねければ、雪だるま式にその未病が病気へと向かっていくのだ。

その頃、好きな施術だけをしていて、続けることができなくなりそうになったこともあった。利益だけを追うことは心を苦しませるが、自分が生きていける、さらに勉強していける分、少し人に分ける分くらいは余裕のある営みをしなければ、好きなことだって続けられない。甘いかもしれないが、やっと必死に考え出した。

経営というものについて、自分の想いを、世間の常識に無理やり合わせてストレスを感じたり、仕事と家庭のバランスを取ろうと、切り離して考えてみたりしたけれど、どれも自分の気持ちが明るくなるものではなかった。
それどころか、強いストレスを感じた。ビジネスというもの学べば学ぶほど、自分の欲が強くなり、成功したい、金銭欲、安易に答えを求めようとする、人を羨む、自分を人と比べる心、損得、効率的でなければいけないような恐怖感。など、不安と迷いでいっぱいになっていた。

なかなか人としてのあり方と、仕事というものを結びつけることができなかった。

 

人というのは、人の心の深くにある、人のために生きたい想い、人に対して丁寧に誠実でいたいという気持ち。この想いを無視したり、我慢していたりする時に、とても強いストレスを感じるものだと思う。

自分の想いに反して、楽をしたり、得したり、成功したとしても、砂を噛むように虚しい。

そしてその強いストレスは何よりも体に毒だ。

 

こうありたい自分ややりたいことははっきりしている。でもどうやって仕事として自分の足で立てるのかわからず迷っている。そんな弱く、ビビリな自分を見つめながら「強くなりたい」と願ってきた。心も体も強くなりたい。

「迷わずに想いを遂げることができる強さが欲しい。」

 

でもふとある日思った。

そこにお客様は見えているのか。

 

めまぐるしい速さの中で日々を過ごす人々。

仕事をしながら、家計を支え、子供を育てたり、家族の面倒をみたり。家に帰ってもやることは山積みで、夜は明日の仕事のことでプレッシャーを抱えている。失敗は許されず、息をすることも忘れるくらい、体は緊張し、重圧を肩に乗せている。

みんな必死に生きている。

 

「予約をいっぱいにする」とか

「世界のホテルスパレベルの施術をする」とか

私はそういったことを考え、より良いものを提供したいと思ってきたけれど

 

お客様側に立って

お客様の毎日の暮らしを考えた。

私の役割は?

私にできることは?

お客様が必要としていることはなんだろう。

 

 

 

毎日クリアなビジョンを持って、やる気が溢れて、集中して望めればどんなにか早く成長できるだろうと、忍耐弱い私なんかは思ってしまう。
でも、私の場合は、自分が心震える気づきというのは、数年経ってやっとで訪れることが多い。「焦らず、諦めず、腐らず、自分に負けない」と念仏のように唱えて、なんとか自分に丁寧に問いながら1つ1つの想いを知っていく。

自分と向き合うというのは、とても忍耐力がいる。

でも、自分で、自分の想いに気づけた瞬間は、天から授かったように清々しく、幸せな優しい気持ちに満たされる。それを一度経験したら、自分をごまかすことはとても難しくなる。

体は、心は、すべて知っているのだ。

 

体質も、個性も千差万別の私たち。1人1人違うもの。大切なのは、世間一般の流行りではなく、何が私に合っているか。自分の想いや体の状態は、実はとても気づきにくく、見失いやすいから、それを自分で判断するためには、まず自分というものを少しずつ知っていくことから始まる。

自分に合っている方法に出会えたら、それはなんでもいいと思う。ダンスでも、何か水泳やサッカーや好きな運動でも、サーフィンでも、登山でも、音楽や芸術でも。破壊的なものでなく、自分の心が高められて楽しかったり、気持ちよいものであればなんだって、その人を楽しませ、幸せにする。

 

人に合うものも人それぞれ。人が求めるものも人それぞれ。

ならば、押し付けることがあってはならない。

 

 

私もこの4年、自分好きなことを仕事にしてから、自問自答していたら、気づけば自分の狭い価値観の中に囚われていた気がする。いのちに対する危機感だって、人それぞれ。

 

大切なのはその人が、自分を愛でること。人生を楽しむこと。

 

そのために私ができることは、私が自分を愛し、日々を楽しむこと。

自然な健やかな、感性豊かな自分をアーユルヴェーダや仕事を通じて体現すること。

 

私1人で営むお店。でも私がなにか頭の中でアイデアを膨らませている時に新たな展開を運んできてくれるのは、夫や家族、ご縁をいただき協力してくれる同業、他業種の方々、そしてお客様だ。

そして、お客様のご要望に合わせて、メルタサリは変化していっている。私1人で作っていると思っていたけれど、実は周りの人々に作られているのだ。

 

今思うことは、

ずっと欲しかった「強さ」というのは、もうどうでもいい。

予約いっぱいにならなくてもいい。

ただ、今日ご縁をいただいた方の想いをしっかり感じられる自分でいたい。

自分の弱さ、迷いを受け止めながら。

 

5年目は、

仕事も生活も全ていっしょくたになっていて

もう少し気持ちはゆるく、その分集中力は増して

ただ好きな気持ちと自分の役割を感じながら

メルタサリを通じて出逢えた奇跡を大切にしたい。

 

自分の心に問いながら。

私を助けて、支えてくれるたくさんの人たちとともに。

 

そして来年は、これを読み、未熟だったなーと笑いたい。

 

長文をお読みくださりありがとうございました。

 

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