New moon Cafe Merta Sari 5月の新月 [ものがたり] 第12話 その3

New moon Cafe Merta Sari 5月の新月 [ものがたり] 第12話 その3

夜を越えて、朝が少しずつ静かに近づいてきた。

 

日の出90分前はほんのりと空が白み始める直前。

 

鳥だけが夜明けの気配を察して

 

鳴き始めていた。

 

キリッとした澄んだ空気の中、車の音がしてエミさんがやってきた。

 

顔を洗い、歯を磨き、お白湯を沸かしてちびちびと飲んでいた私は

 

ヨクサルの小屋のドアを開け

「おはようございます」

とエミさんを迎えた。

 

ドアを開けた瞬間、まだ暗い森が一斉に息をしているような気配を感じた。

 

朝の空気を察して森は動き始めている。確実に夜が空けようとしているのだ。

 

予感を湛えたこの時間の空気は、旅立ち前の静かな興奮のようで、なんだか背筋がぐっと伸びてひそかにワクワクした。

 

***

エミさんに静かにいざなわれ一緒にテラスに出て、足を組む。

 

呼吸法はプラーナヤーマといって、プラーナ(エネルギー)を体内に取り入れて自分の生命エネルギーに変える方法でもあるという。

そして、自分の呼吸をコントロールすることは
自分の心の動きをコントロールできるようになるということ、だとエミさんは説明してくれた。

 

そんな風になれたらきっと本当に生きることがグッと楽になるのだろうな

 

と思いながらも、そんな境地に至ることはとてつもなく遠いことのようにも思えた。

 

不安や、悲しみ、怒り、焦り、落ち込み、、、いろんな気持ちは自動的に湧き上がってきて、止めようにも抑えようにも、日々翻弄されてしまってどうにもならないことばかりだ。

そんな考えをもういちど振り払うように、気持ちを空っぽにして、エミさんのガイダンスのもと、目を閉じて集中してプラーナヤーマを練習する。

ただ瞑想をするよりも、呼吸の音に気持ちを寄せていけるせいか、

 

プラーナヤーマは自然と集中できて、私にはとても合っている気がした。

 

朝の森の空気を肺いっぱいに吸い込んで、いくつかの呼吸法を練習するうちに、次第に頭もすっきりと、体もシャッキリとなっていく。それがとても気持ちがよかった。

 

室内に戻り、簡単なアーサナ(ヨーガのポーズ)をすると、昨日よりも体のこわばりが解け、自分自身がしなやかになっているのが感じられた。

 

少し休憩をしたのち、部屋を温めていよいよアビヤンガ、オイルを使った浄化療法のタイミングとなった。

 

お腹も程よく空っぽで、トイレも済ませ、体は軽かった。

「ちょっと待っててくださいね」といって、クツクツと薬草を煮込んだオイルを持ってくるエミさんのスタイルは、伝統的なアーユルヴェーダの方法だそうで、やっぱりおとぎ話の中の魔女のように見える。

洋服を抜いて、一糸纏わぬ姿でタオルにくるまり、マッサージベッドに横たわってトリートメントの始まりをまっていると、

まさに「まな板の上の鯉」状態の自分がなんだかおかしくって、顔がにやけてしまった。

 

と同時に、この無防備でいてとてもリラックスしている自分がとても嬉しくあるのだった。

 

小さな頃みたい、何度もそう思った。

 

***

 

アーユルヴェーダの薬草オイルの独特の、甘い香りが鼻をくすぐり、

エミさんの唱えるマントラが小さく聞こえると、うつ伏せになった私の背中に、そっと手が添えられた。ふわっ、と何か温かい塊を背中に感じた。

 

たっぷりのオイルが背中を温め、エミさんの両手のゆっくりと伸びやかなストロークが始まる。

 

そのあとは覚えていない。

 

***

 

いつの間にか眠ってしまったようだった。

 

小さな鐘の音でハッと目を覚ますと、

 

汗でピカピカになった顔で、エミさんが「お疲れ様でした」といってニッコリと胸のまえで手を合わせ合掌していた。

 

「ありがとうございます。」

 

完全に脱力した体をベッドの上に横たえたまま、かすかにそう答えて

 

そして再びゆっくりと目を閉じた。

ああ、なんて気持ちがよいのだろう。

 

身体はぐんにゃりと、柔らかく、そしてガチガチだった背中はふんわり軽く、羽が生えたようになっていた。

 

そして深い深い眠りから覚めたように、意識は不思議とすっきりとしていた。

 

「この後ゆっくりお風呂に移動して、スヴェーダナ(発汗)のプロセスに入ります。発汗することで、排毒してゆくので、焦らずゆっくり温まってくださいね。

 

終わったら、ブランチに優しいミルク粥をつくっておきますので

 

どうぞ楽しみにしていてください。」

 

そう言ってエミさんは、バスローブを整えて

 

トントンと階段を降りて行った。

 

一度リセットされたようなこの感覚。

 

アーユルヴェーダの醍醐味を深く深く感じて、ほうっとため息をついた。

 

天窓から見える外は既に明るく、高く登った太陽の光がさんさんと森を照らしていた。

 

しばらくその光を、眺めていた。

 

幸せな、空白だった。よしっ、とゆっくりと状態を起こし、バスローブをまといスリッパを履いた。

エミさん、そして佐久の森、ありがとう、とそっと手を合わせて胸の前で合掌し、そして私もゆっくりと、階段を降りていった。

 

<New Moon Café森のリトリート編 後編 完>

written by Saki IKEDA

レシピは近日公開!

 

New moon cafe Merta Sari トップへ