《New moon cafe Merta Sari森のリトリート編 後編》
お白湯のおかげか、日頃は便秘がちの私でもすぐに腸が動き出し、お手洗いを済ませ、さらに軽くなった身体でテラスのヨガマットに上に、朝日を向く方向で立った。
10代からヨーガに励み、実はヨーガのクラスも開催されているというエミさん。鳥のさえずりの中で、静かなチャンティングというお祈りから始まり、淡々としたエミさんのことばの誘導で、朝のヨーガが始まった。
エミさんが最初に言ったように、できる/できないを意識している暇もないほど、自分が何かに集中しているのがわかった。
きっと呼吸かな、と思った。
エミさんが、「吸って」「はい、吐いて」というタイミングに無心で合わせていくと、いつの間にか心が真っ平な水鏡のようになっているのだった。
30分ほど一緒に身体を動かし、最後にシャバアーサナという仰向けのポーズで横になった。
軽く目を閉じて、全身を緩め、呼吸を元に戻す。
暖かいブランケットを身体にかけてもらった瞬間、朝の雨に濡れた土や緑の香り、川のせせらぐ音、冷たい空気の中届く太陽の光の眩しさが全部まざり合っってひとつになり、自分からすっと遠ざかって行った。
***
カーンという澄んだ音叉の音色で、ハッと目を覚ました。
「お疲れ様でした。ありがとうございました。」
というエミさんの声で、ゆっくりと身体を起こす。
また眠ってしまっていたのかしら、と恥ずかしく思いながら、身体と頭は今までに感じたことのないほど穏やかだった。
心は作りたての綿菓子のように、ふんわりと温かく膨らんでいて、
このままそれを壊したくなくてそうっと、黙って、私もエミさんに手を合わせた。
***
少しずつ太陽が昇り始め、ひんやりと冷たかった森の空気の中も
徐々に明るい光に温められてきていた。
呼吸法の後30分は水分を摂らないように、と言われたので
少し小屋の周りを散策することにした。
もう寒いかな、と念には念を入れてブーツを履いてきたのは正解だった。足もとの濡れた草の間を臆することなく歩く。
歩きながらショール代わりに肩にかけたブランケットで身体を包みながら、一足早い冬の感覚を満喫する。
目に映る、すべてのものが生き生きとしていた。
こんな世界の中に自分がいることが、奇跡のようだった。
***
散策を終え、少し冷たくなった頬で小屋に戻ると、薪ストーブの部屋があたたかく迎えてくれた。
キッチンからはスパイスと心地よい茶葉と甘い香りがくつくつと音を立てていた。
「お帰りなさい。今チャイを作っていたので、一緒に飲みましょう。」
そう言って上気した顔でエミさんは笑った。冷えた身体に、甘い香りのチャイ。
なんて素晴らしいのだろう、と大きなマブカップを両手でそっと受け取ると、その温かさが手を通してじわじわと身体の隅々にまで伝わってきた。
甘い味と、温かいものは身体の緊張を緩める。
「晩秋になりどんどん、寒く、そして乾燥してきていますよね。アーユルヴェーダで説明すると、Vata(ヴァータ)と呼ばれる風のエネルギーが季節の中に増えてきているんです。
Vata(ヴァータ)は、冷たいという性質、乾いているという性質、それから移動するという性質などからできています。
それらがどんどん増えていくことによってこの季節の不調が起こるんです。
なので、この時期はVata(ヴァータ)の “冷性”“乾性”“移動性”と反対のものを積極的に取り入れることが不調の予防になるんですよ。
例えば、このチャイのように冷たいことと反対の”温性”。温かいもの。
そしてミルクの適度な乳脂肪分で、乾いていることと反対の“油脂性”を。
最後に移動しながら、歩きながら、立ったまま、おしゃべりしながら、意識を携帯電話やテレビ、雑誌などに動かしながらではなく、
ゆったりとしっかりと座って落ち着いた状態“停滞性”の状態でいただくことで、チャイはこの時期にぴったりのチューニングドリンクになるんですよ。
そうそう、それから味にもはたらきがあって。 アーユルヴェーダの中にある6つの味のうち、“甘い”という味自体もVata(ヴァータ)を鎮静化するんです。
精白糖ではないもので、甘い味を摂ることもこの季節は大事にしています。」
すらすらと出てくるエミさんの言葉。一杯のチャイからちょっとしたアーユルヴェーダの講座が始まっていた。
そして一杯のチャイを飲むだけでもここまでいろいろな意味が込められているのかと思うと、びっくりした。
「・・・そして更にスパイスにも意味や効能があるんですよね?確か。」
アーユルヴェーダはインドの薬膳みたいなものだと言っていたエミさん。そして、スパイスは味や香りのアクセントになるだけではなく、様々な効果効能があるとも。
「そうですね。今日チャイに入れたのはカルダモンとシナモン、そして黒胡椒と生姜です。
カルダモンは消化促進剤にもなりますし、風邪や咳、疲労にも良いスパイスなんですよ。そしてシナモンも生姜も黒胡椒もピリリとした味のアクセントになるだけではなく、身体を温め、代謝を高める働きがあるんです。アーユルヴェーダの薬理学的にもVata(ヴァータ)を沈静化させるスパイスなので、この季節には何かと重宝しますね。」
一見何気なく使っているようなチャイのスパイスの、一つ一つの意味を知るのはとても面白かった。
そして黒胡椒と生姜のピリッと効いたチャイは、本当に身体をつま先まで温めてくれ、乾燥でイガイガしていた喉もスッと気持ち良くなっていった。
Written by Saki IKEDA
New moon Cafe Merta Sari もくじ
11月の新月
◯Story-ものがたり
◯Recipe-レシピとオススメ
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