ほかほかと湯気の出るグラスをフェルトのスリーブごと手に取り、そっとお白湯をすする。
「今日のメニューはこちらになります。」
と言ってエミさんがいつものようにメニューを置いた。
「お正月で胃腸が疲れている方も多いので、今月は消化力を上げるためのスパイスを使った、軽めのお料理を。そして、冬も長くなってきて体も重たくなってきているので、臓器を活性化させてデトックスを促すお料理にしていました。ぜひ体の声をききながら、メニューを選んでみてくださいね。」
そう言うと、ちょうど他のお客さんに呼ばれたエミさんは、軽やかに他のテーブルへと移っていった。
エミさんのいつも通りスッと伸びた姿勢と、軽やかな足取りを眺めながら、“体の声をききながら” という言葉を反芻していた。
確かに、自分の体に意識を向けてみると、お正月のお砂糖やお醤油の効いたお料理やお餅を食べ続けたせいで胃は確実に疲れていた。
ううん、お正月より前のクリスマスや忘年会のシーズンから、空腹になるタイミングもなくご馳走続きで、ずっと胃腸を酷使し続けていたかもしれない。
加えて、年末年始のお休み中は寒さも手伝ってあまり外に出ないものだから、すっかり運動不足で、実はそんなに食欲もないのだった。
メニューを開くと確実に、「わあ美味しそう!」と頭が働きだして、
結局はついつい食べ過ぎてしまうのだろう、ということもわかっていた。
食べたいのは頭であって、体ではない、という状況が冬は往々にしてあった。
ウーーン、と考えていると、エミさんがさりげなく再びやってきて、
小さな器をコトリと目の前に置いた。
「これ、食前によーーく噛んで見てください。ショウガにレモンを絞ったものです。この季節、食べ過ぎて消化力が弱っている人が多いので、お出ししているんです。
食前の1片のショウガにはアグニと呼ばれる、消化の火を燃え立たせる役割があるんですよ。
よーく噛んだ後は、お白湯などは飲まずにね。15〜20分ほどすると、自然とぐうとお腹がなりますから!」
そう言ってエミさんは、トレイを胸の前に抱え、小首を傾げるいつものあのポーズでにっこりと笑った。
「わあ!そうなんですか!ありがとうございます。」
そう言って、早速薄くスライスされたショウガをつまみ、口に入れた。
ピリリと辛いショウガの刺激が、レモン汁の爽やかな酸味で緩和され、思いの外美味しく感じた。
そしてそのまま口の中でもぐもぐよく噛んでいると、じわっと胃が暖かくなってきた。
あ、体が反応している。
胃に手を当てて、すぐに現れたこの変化に驚いた。
“消化の火、アグニを燃え立たせる”スパイスとはこういうことだったのか
と頼もしくお腹をさすりながら、
今月のメニューをゆっくりと開く。
***
1ページ目には
----新年あけましておめでとうございます。本日は2019年第一回目の新月の夜、New moon café Merta Sariにお運びくださり誠にありがとうございます。
とメッセージが書かれており、
続いてこのようなメニューが続いていた。
〜Drink〜
<1月のnew moonワイン> glass 1,000yen
フランソワーズ・ベデル オリジネル ブリュット
(シャンパーニュ)
———シャンパーニュ地方では珍しいビオディナミのワイン。地球全体を生命として捉え、あらゆる生命体を癒すためのワイン造りを実践する真のビオディナミスト、フランソワーズ・ベデル女史が畑の植樹比率通りにブレンドした究極の「原点」を表現した作品です。ワイン名のオリジネルは起源や「生まれ」と言う意味の「Origine」と「Elle」は英語の「She」を意味します。
<1月のnew moon オーガニックスパイスティー> 850yen
アーユルヴェーダ ラナワラティー
———3000年前のアーユルヴェーダの文献にも載るRanawaraは、スリランカでは古くから大変人気があり「若返りのハーブ」と言われています。女性の生理中の不快感緩和、又は男性の活力増進、血液や尿のデトックスをサポートします。
〜Lunch〜
<1月のnew moonデリ> 各500yen
七草と大根のシャキシャキサラダ
ゆり根の梅和え
ごぼうとこんにゃくのスリランカ風スパイス炒め
青菜とわかめのジンジャー和え
<1月のnew moon旬のごはん> 800yen
押し麦と蕪のお粥
—トリカトウの佃煮添え
<1月のスープ>
小豆のデトックスミネストローネ
<1月のパン>
ナッキ・レイパ(ライ麦クリスプブレッド)
by ライ麦ハウスBakery
久しぶりのNew Moon caféのメニューをじっくりと眺めていると
あれ?とあることに気づいた。
Written by Saki Ikeda