「お夕食が終わって、2−3時間ほどして胃が空っぽになったら、本日のトリートメントに入りましょうか。本当は体のアグニが最も高まる太陽の出ている時間が、排毒には最も適しているのですが。」
エミさんが今後のリトリートのスケジュールについて、考えながら言った。
「エミさん、ありがとうございます。そうなんですね。
もしそうでしたら、今日はこのままゆっくり休んで、明日の日中にトリートメントをお願いできますか? せっかくなので、自然のリズムに乗ってみたいんです。」
私はそう答えた。
疲れているから、今すぐマッサージを受けたい、
誰かの手のぬくもりで癒されたい、
そういった気持ちとは少し違う次元で
自然のリズムの中で行う浄化療法、アーユルヴェーダのアビヤンガを最善のタイミングで受けてみたい、と思いわたしはそう言った。
それを聞いてエミさんは
「わかりました。それでは、明日は日の出の90分前のブランマチャリヤという最もエネルギーの高い時間帯に一緒に起きましょう。
そこで、呼吸法と瞑想と、そして簡単にヨーガのアーサナを行って、
お白湯をのんで、心身を整えた状態でトリートメントを始めましょうか。
そうそう、朝の歯磨きや排泄もお忘れなく。明日はお天気もよいようなので、アビヤンガでの排毒にはとっても適しているようですから。」
と答えた。
「お天気も、関係あるんですか?」
私がそうたずねると
「ええ、曇りや雨の日は体の中のスロータス(経路)が閉塞しているので、排毒には適していないのです。現地のアーユルヴェーダの医院では排毒には必ず晴れた午前中を選ぶんですよ。
人間の体は、季節、そして気候、天気それらすべての大きな条件に必ず影響を受けていますものね。
その大きな自然の中の一部としての人間。波に乗るように、大きなその天のリズムに乗っていけば、自ずと体も心も整うようにできている、そんな風に私も思います。
私がアーユルヴェーダを大好きな理由は、そこです。」
とエミさんは答えた。
そっかあ、と私は深く納得した。
アーユルヴェーダを学び始めて、いろんな理論がしっくりとくるなあと思っていたけれど、
その理由がわかった気がした。
大きな自然の中の一部としての人間。
そんな感覚を、都会での生活の中ではうっかり忘れかけてしまうのだった。
忘れてしまう、思い出せない、だから辛かったのかもしれない、
そうふと思った。
***
一緒に食器を洗い、片付けをすると、エミさんは
「ではまた明日の朝に。どうぞゆっくり今夜は休んでくださいね。」
と言って笑顔で手を振って帰って行った。
一人になると途端に、辺りの暗闇と静寂が大きくなった。
街灯のない森の中は、都会では出会うことのない本当の夜の闇と匂いがあり、
全神経を研ぎ澄ませてその中に一人佇んだ。
目を閉じても開いても同じ暗闇。
なんども目を閉じたり開いたりしていると、なんだかとても嬉しかった。
気づくと空気がひんやりと冷たく、体も冷たくなっていた。
5月とはいえ、標高1000m近いこの場所は。夜になるとしんと冷える。
部屋の暖炉の前に座り、薪をくべマッチで火をつける。
着火剤代わりに新聞紙を硬く棒状に捻り、最初に入れるのがポイントだとエミさんから習った。
試行錯誤をしながら、火がうまく燃えるように調整する。
真剣に火を見つめて、集中していると時を忘れた。
徐々に部屋が暖まり、パチパチと木の爆ぜる音が部屋に響く。
火が安定してきたので、ホッとして、
ソファに深く腰掛け、暖炉を見つめる。
なんて贅沢な時間なんだろう、と思った。
贅沢な暗闇、
贅沢な静寂、
贅沢な無心の時間。
ゆっくりと目を閉じ、さらに体を深くソファに沈み込ませる。
ああ、なんて贅沢なんだろう、ともう一度、思った。
リトリートに来よう、と思った時の乾いた気持ちは
もはやずっと彼方にあった。
written by Saki IKEDA