[New moon cafe Merta Sari] 第3話 8月の新月 ものがたり その1

「いらっしゃいませ」

テーブルを拭いていた、カフェの方がその手を止め、顔を上げて

にっこりと微笑む。

よかった、また来られたんだ。

実は今日は、太陽の暑さに耐えかねて、
日が沈んでからの外出したのだった。

HPも連絡先もないこのカフェ。

月に一度のOPENということだけを頼りに、
必ず事前の情報収集は欠かさない私にしては珍しく

「うーーん、行ってみて空いていなかったらそれはそれで!」
とダメで元々、の気持ちで家を出て向かったものの、

夜の暗がりの中で、小さな森のように鬱蒼と茂る木々の向こうに
明かりを見つけた時には、ホッと安堵して力が抜けた。

一ヶ月ぶりの店内、そして初めて見る夜のお店の様子。

いつもと同じようでいて全然違う。 

抑えめのライトの光と、小さく流れるBGM

 

まるで水の中を歩いているかのような湿度の高いここ最近の東京の街。

夜になっても熱がどこへも逃げられない、ムシムシとした空気の中を歩いていると、

 

頭もぼんやりとなってきて、まるで東南アジアを旅している気持ちにさせられた。

 

昔、学生の頃に初めて行ったバリのテンパサール空港に降り立った時の、ムッとした空気、熱気を思い出して、もう旅行に行く必要なくなっちゃったのかもね、と少しおかしかった。

 

店内に、ほどよく効いたクーラーと天井のファンからの風のおかげで、べったりと汗ばんだ体からすーっと疲れが抜けて行った。

ホッと一息つきながら、いつもの窓側の席に腰を下ろす。

窓の外は真っ暗で何も見えないが、顔を近づけてみると、ガラスに映る自分の顔の向こうに鬱蒼とした木々の気配を感じた。

 

「こちらが今月のメニューになります」という言葉にハッと目を上げると、お店の方がいつもの通り、グラスとメニューを、テーブルにコトリと静かに置いた。

こんな風に、無意識に自然な動きができる人はめったにいないのだ、ということを最近知った。

先月の来店以来、日常の中で同じホッとした感じを求めて、ことあるごとに色々なカフェに足を運んでみたものの、

メニューをテーブルに置く、グラスを持ってくるその動作一つだけをとってみても何かが違っていて、そしてそれだけで受ける感情が全く違うのだった。 

 

そしてこのカフェには、どんなカフェにもない、人をホッとさせる特別な何かがあるようだった。 

こちらをまっすぐに見るでもなく、かといってよそ見をしているわけでもなく、気配もなく近づいてきて、

品よくコトリと置かれるグラスと清潔なメニューは、無造作に見えて、実は計算し尽くされた思いやりなのだった。

このテンポや、独特の距離感が、食べる前から人を温かく包み込んでくれる。こういった無言の会話が嬉しくて、いつもこのタイミングで心が緩むのだった。

 

***

 

手元のグラスは今日はお白湯ではなかった。

冷たくも熱くもない、少し金色がかった液体が注がれていた。

 

「今月もいらしてくださってありがとうございます。今日も暑いですね。」

とにっこり微笑みながらお店の方が言った。

 

「わ、覚えていてくださったのですね。」

私はびっくりして思わずお店の方の顔を見上げた。

 

「ふふふ、もちろんですよ。」

すっかり嬉しくなってしまった私は、自分の頬が赤くなってゆくのがわかってなんだか恥ずかしかった。

「今日はコリアンダーウオーターをお出ししています。コリアンダーは体の熱を冷ましてくれるので、冷たい飲み物でなくてもすぐに体の火照りが冷めて行きますよ。どうぞ飲んで、体の中の熱を冷ましながら、ゆっくりとメニューを選んでみてくださいね。」

 

「ありがとうございます。」

そう言って、また鼻歌を歌うように楽しそうな背中でキッチンへ戻って行った彼女の後ろ姿を見ながら、丸いグラスを持ち、一口すすってみる。

 

独特のスッとした香りと、思いもかけない清涼感。

初めて飲むコリアンダーウオーターは、極上のウエルカムドリンクだった。

 

ごくごくと喉を鳴らしながら、一気に飲み干してしまうと

暑さでぼんやりしていた頭も、すっかりクリアになっていた。

 

前回「食と薬の中間にある」と書いてあったスパイスだけれど、本当にその通りなんだとびっくりした。

改めて、すっきりした気持ちで背筋を伸ばし、今日は何を食べようかなとワクワクしながらメニューを開く。

 

***

 

1ページ目には

—-続く猛暑の中、本日は新月の夜、月に一度の New moon café Merta Sariにお運びくださり誠にありがとうございます。

とメッセージが書かれており、

 

続いて

—-太陽の力が強い夏は、人の体力が一年で最も弱まる季節でもあります。すっかり体力も気力も奪われてしまっている人も多いのではないでしょうか。今月は、「ターメリック」を季節のスパイスとして、続く暑さで弱った体力や消化力を回復させるメニューをお出しします。

—-生き物の生命を支える食の力、新月のスタートのこの日に感じてみてくださいね。

と、あった。

 

Written by Saki IKEDA

その2へつづく

 


New moon Cafe Merta Sari もくじ

8月の新月

◯Story-ものがたりNew!

《ものがたり》第3話 8月の新月 その1−1
《ものがたり》第3話 8月の新月 その1−2
《ものがたり》第3話 8月の新月 その1−3
《ものがたり》第3話 8月の新月 その1−4(最終話)

◯Recipe-レシピとオススメのお店

《Recipe》8月のnew moon旬のごはん ターメリックいかめし
Recipe》8月のNew moon デリ ゴーヤのさっぱり漬け
《Recipe》8月のNew moon デリ 絹豆腐とズッキーニのじっくり焼き
《Recipe》8月のNew moon デリ 鶏むね肉のバジル・バルサミコソース
《Recipe》8月のNew moon デリ 切り干し大根ととろろ昆布ナムル
《Recipe》8月のスープ たっぷり夏野菜のココナッツスープ
《Recipe》8月のデザート 甘酒と桃のグラニテ

《Recommend》8月のパン UFO(カンパーニュ) by おへそベーカリー
《Recommend》8月のnew moonワイン グリナルダ ヴィーニョヴェルデ
《Recommend》8月のnew moon オーガニックスパイスティー ケンボナシと夏のブレンド薬草茶 Merta Sari ブレンド(筒井農園)