画面を見ると、エミさんからだった。
以前、森のリトリートの際に緊急連絡先として携帯電話の番号をお伝えしていたのだった。
少しためらいながらも携帯電話を取り、通話ボタンを押す。
「はい、もしもし」
なるだけいつも通りを装って、声を出す。
「あ、もしもし。こんにちは。突然お電話なんかしてしまってごめんなさいね。エミです。今、大丈夫ですか?」
予想していたいつものハキハキとした元気なエミさんの声とは違って、少しゆっくりと静かな調子に、少し驚きつつも、ホッとしている自分がいた。
「エミさん、こんにちは。はい、今大丈夫です。エミさんこそ大丈夫ですか?
今日は、カフェの日ですよね?」
布団から上半身をゆっくりと起こしながら、私もそう応える。
「そうそう。今日は新月。月に一度のカフェの日です。いつも覚えていてくださってありがとうございます。
今月の新月、どうですか? なんとなく、お辛いんじゃないかな、、、と思って、、、。」
まるで何かを見通しているようなエミさんの言葉に、急に動揺してしまう。
「えっ、そんなことないですよ。元気にしてます。
いや、、、というか、実はあんまり元気じゃなくて、、、。どうしてわかったんですか?」
あっという間に空元気を装っている自分の嘘も見破られてしまいそうで、それより前に、と自分で白状してしまった。
電話の向こうで、エミさんが心配そうにする気配が消えて
にっこり笑ったような気がした。
「そうでしたか。いや、ね。春の始まりのこの時期、
ずっと凍てついていた冬の日々が終わりかけて、少し気温が上がり始めるこの時期って、
冬の間に溜め込んだKapha(カファ)が溶け出して、症状として現れやすいので、しんどいと思うんですよ。」
さも当たり前のようにエミさんが言うので、ますます私はびっくりしてしまった。
「え?Kapha(カファ)??」
Kapha(カファ)というのは、アーユルヴェーダにある3つの要素のうちの一つで、Vata(ヴァータ)、Pitta(ピッタ)と一緒にトリドーシャと呼ばれている。
アーユルヴェーダを学び始めてより深く知ったのだが、Kapha(カファ)というのは水や土に象徴される要素で、具体的には重たい、冷たい、停滞する、といった性質を持つ。
そしてこのドーシャは、季節や人、食べ物、時間、土地など全てに存在するエネルギーでもある。
「確か冬はKaphaの時期だったけれど、春も関係あるんですか??」
Kapha(カファ)は春のイメージとは真逆だったので、私は思わずエミさんに訊ねた。
「ええ、関係あるんです。特に気温が完全に上がりきるまでは、大アリなんですよ。」
とエミさんが答える。
「今まで低かった気温が上がり始めると、冷蔵庫の中に入っていたバターが室温に戻ってゆっくりと溶け出すように、
冬の間に蓄積され、体の中に溜まっていたKapha(カファ)の要素が、徐々に溶け出して姿を現わすんです。
それが例えばこの時期特有の体の痒みだったり、むくみだったり、重だるさとして自覚されたりするんです。他には、何しろKapha(カファ)の性質なので、とっても億劫になったり、わけもなく落ち込んだり、気持ちが鬱々としたり。
なんだか華やかで軽やかな春のイメージとは真逆だけれど、完全に春になる前にはそんな風に、溜め込んだKapha(カファ)がでてくる時期があって、結構それがしんどかったりするんですよ。
この冬食べ過ぎや運動不足でKapha(カファ)を増やす生活をした人や、もともとKapha(カファ)体質の人なんかは特に。」
それを聞いて、私は納得した。
なんだか妙に納得してしまった。
「そっか、そうなんですね。 エミさん、私、今まさに溶け出してきたKapha(カファ)を体感していたのかもしれません。 だって、すっごく重たくて、気持ちも、身体も、なんだか動けないんです。そして、すっごく落ち込んでしまって、、、。」
言いながら少し恥ずかしかったけれど、なんとなく冬に溜め込んだドーシャのせいだと思うと、もしかしてこれって、自然なことなのかしら、と思ったりもした。
Written by Saki Ikeda
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