「そうですね。アーユルヴェーダはその場の症状だけに対処する医学というよりも、原因をなくしていく根本治療が基本なので、おっしゃる通り冬の過ごし方が第一なのですが、今できて楽になる方法も確実にあるのです。ではそれをお伝えしますね。
それではメモの用意はいいですか?」
電話の向こう側でいうエミさんの声に応えて、私は慌ててノートを探し、しっかりとペンを握りしめた。
「まずは、なんでもいいのでしっかりと身体を動かし、汗をかく運動をしてください。」
私はドキッとした。朝のヨーガの習慣がなくなってから本当に運動不足で、デスクワークが中心の日々では下手をしたら1日1000歩も歩けていない日もあるのではないだろうか。
しなきゃしなきゃと思っていても、なんとなく身体も重く、先延ばしになってしまう運動、、、。
「Kapha(カファ)が増えている時は、運動ってとっても億劫だと思うんです。わかります。でも、だからこそ!なんです。この時期にジョギングを始めたり、少しハードな運動をすることは、まず第一の過剰なKapha(カファ)の軽減法です。」
そうだったのか。めんどくさいなー思う気持ちすらKapha(カファ)だったなんて。まさにこれは季節とドーシャのせいだったんだな、と少し苦笑いしながらも、心が軽くなってゆくのを感じた。自分のことばかり責めていたけれど、実はそうでもなかったんじゃないのかな、なんて思えたからだ。
「それから、入浴もしっかりと。身体を芯から温めて、体内に残っている冷えを完全に出し切ります。」
寒いと汗もかかないし、と実は入浴すら面倒臭くなってしまっていた私はまたドキッとした。そうか、お風呂ね、メモメモ。
そう言って
- 、運動
と書いた下に、大きく
- 、お風呂
と書き加えた。
「エミさん、何か食べ物でできることはないんですか?」と私がたずねると
エミさんは嬉しそうに「ふふふ、待ってました。最後にこの時期のとっておきのレシピをお伝えしちゃいますね。」
と言った。
「6味のうち、Kapha(カファ)を増やす味と減らす味がありましたよね?
この時期は“苦味”“”“渋味””“”辛味”の3つの味を意識して取り入れるといいんですよ。
最近ちらほら出てきたふきのとうや菜の花、山菜、野草の類はすべてこの味に該当しますね。先月は、ふきのとうや菜の花をふんだんに召し上がっていただいたので、今日はヨモギを使った消化に軽い主食と飲み物をご紹介しますね。」
私はノートの③に“苦味”“”“渋味””“”辛味”、軽い主食。
と書き加えた。
その時エミさんが電話口で「あっ、ごめんなさい。お客様がいらしたので一旦切りますね。残りはお手元にお送りします。どうぞ、一緒に良い春を、迎えましょうね。」
と言って、そして電話は切れた。
ツーツーという通信音を聞きながら、
私はとても充実した気持ちでいた。
自分の不調の原因がわかったことと、
今自分が何をしたら楽になるのかの答えがとてもシンプルに、わかったからだった。そしてそれはどれもすぐに実行可能な、簡単なことだった。
***
さあ、今からゆっくりとお風呂に入って、体を温めて、会員になっている近所のスポーツジムにでかけてみようかな。
そして、一汗かいたらまた着替えて、夜のNew moon caféにでも顔を出してみよう。
春の雨は冷たいけれど柔らかく、かすかに沈丁花の香りを含んでいた。
身体も、気持ちも、こんなに季節の影響を受けちゃうものなんだな、と意外にも思ったが、
硬く枯れたようになっていた木々の芽が、今ゆっくりと膨らみ始めているのを見ると、季節の影響の大きさ、偉大さを馬鹿にすることはできないな、と思い直すのだった。
東京では見ないけれど、今頃土の中で眠っていた蛙や虫たちも、もそもそと動き始めているのだろう。それを思うと、冬の終わりと春の訪れは、生命がまた動き始める、大きな転換点には違いない。
少しゆっくりなスタートになってしまった今日だけれど、
これから、とてもいい1日になりそうだった。
そして、良い春を迎えるための準備をしていくぞ、という自信が湧いてきた。
またあの街を歩いて、エミさんの待つカフェの扉を開こう、
そう決めて布団から飛び起きた。
-FIN-
Written by Saki Ikeda
New moon Cafe Merta Sari もくじ
New!3月の新月
◯Story-ものがたり