[New moon cafe Merta Sari] 第1話 6月の新月 ものがたり その1

音に気付いたお店の方がこちらを振り向き、いらっしゃいませと微笑んだ。

すらりと背の高い、美しい女性だった。

少しホッとして、私は店内を見回し、窓際の明るいコーナーにある場所に

席をとった。

 

ふと左手を見ると開放型の窓の外には、大きなウッドデッキと木々の緑が広がっている。

街の中なのにこんな場所があるなんて、とまるで避暑地の森のようなその光景に心底驚く。

 

梅雨入りしたばかりの6月の曇った空の下で、緑の木々は眩しいくらいに鮮やかなのに、とても優しく見えた。

 

緑の枝を揺らす小さな風や、地面のしっとりとした土の色、瑞々しい空気の匂い、街の中の日常でこれらを自分がどれだけ欲していたのだろう。

 

「こちらが今月のメニューになります」という言葉にハッと目を上げると、先ほどの女性が長い腕を伸ばし、湯気の立つグラスとメニューを、テーブルに静かに置いた。

 

細長いだけの手足や体つきは大抵人を不安にさせるものだが、彼女のしっかりとした腰幅と、少し割れたような低めの声には、むしろ人を安心させる何かがあった。少し顎を上げながら傾けた首の角度と長さはモディリアーニの絵画の女性を彷彿させる。素敵な人だなあ、と思った。

 

***

 

手元のグラスは、お白湯だった。

通常の飲食店では氷の入った冷たい水が運ばれてくるのが常だったので少し驚きながらも、厚めのフェルトのスリーブがついたそのグラスを両手に持って、ちびちびとお白湯を口元に運びながらメニューを眺めていると、身体の中が少しずつ、柔らかくほぐれていくのを感じた。

 

6月とはいえ、雨が降り始めてからは朝晩の空気は冷たく、また雨に濡れた日には足先が冷えたままになっていることも多い。

 

なんとなく身体全体が冷えていたのかもしれない。

 

初夏を迎えてからは、嬉しくてサンダルを履いたり、素足の足元を楽しんだりしていたけれど、元々冷え性の私にはちょっとまだ早かったのだろう。

 

温かさで身体がほぐれてゆく幸せは冬によく感じるが、まさか6月にもこんな幸せを感じるなんて。ほっとして、そして心底幸せになると同時に、今までこんなに自分はこわばっていたのか、、、と少しびっくりしつつ、その感覚も懐かしかった。

 

***

 

メニューを開くと

ーーこの季節は、どことなくそわそわしたり、落ち着かなかったりしませんか?初夏を過ぎ、急に寒暖差も大きいこの季節。雨に濡れた体が冷えることで不調も出てきます。

 

と書かれており、

ーーその様なあなたのために上質なお菓子のように至福の香りを漂わせる「ギー」と、「黒胡椒」、「しょうが」、そして庭になる「実山椒」、「茗荷」を季節のスパイスとしてふんだんに使いました。

ーーこの季節の不調を取り除いてくれる食材やスパイスたち、そして甘/酸/塩と言う味のアクセントに身を委ねてみてください

 

と、物語の序章のような言葉に続いて

自然の野山の描写そのもののような、メニューが続いていた。

 

Written by Saki IKEDA

その2へつづく


New moon Cafe Merta Sari もくじ

6月の新月

◯Story-ものがたり

《ものがたり》第1話 6月の新月 その1−1
《ものがたり》第1話 6月の新月 その1−2
《ものがたり》第1話 6月の新月 その1−3(最終話)

◯Recipe-レシピとオススメのお店

《Recipe》6月のnew moonスープ ギーを垂らしたアスパラガスのポタージュ
《Recipe》6月のnew moon旬のお魚 イサキの香草焼き
《Recipe》6月のnew moonデリ 茗荷とナスの醤油麹とギー炒め
《Recipe》6月のnew moonデリ ツルムラサキの白みそ和え(ギーとしょうがを隠し味に)
《Recipe》6月のnew moonデリ 採りたての空豆とグレープフルーツと黒こしょうのサラダ
《Recipe》6月のnew moonデリ 人参とデーツの梅酢サラダ
《Recipe》6月のnew moonごはん えんどう豆と自然五穀米のご飯(クミンを隠し味に)

《Recommend》6月のパン バゲット by KAiSO
《Recommend》6月のデザート 桑の実シロップby 焼き菓子malco 村上祥子
《Recommend》6月のお茶 月の光に包まれて ~素敵な朝を迎えるために~ byLehti Farm(レティファーム)
《Recommend》6⽉のワイン トゥーレーヌ ル・プチオ 2015(白)、ナチュールルージュ2016(赤)