ベーカリーの「YATSUGATAKE」の文字に惹かれたのは、こちらで使っているハーブは長野からと言っていたからだ。
涼やかな高原や山麓。日頃くらす街から抜けて、そんな自然の中に浸れたら、どんなにかいいだろう。
先月のハーブティーをいただいたその夜は、本当にぐっすりと眠れた。先月はなぜだか毎晩夢を見ていて、なんだか朝起きても寝た気がしないくらいだったのに、あの晩だけは久々に深い深い眠りだった。
あれにはびっくりしたなあ、とその時のことを思い出す。
そしてこのカフェでは、なんとなく気持ちだけでなく体ごと自然に向かっていきたくなる自分がいるのだ。
都会でのくらしは疲れるけれど、自分の日常に不満があるわけではないはずだった。
毎日たくさんの人に会い、どこにでもなんでもあるこの便利さ。
仕事も大好きだったつもりだけれど
ここに来ると、なんとなく自分はそういうもので緊張してしまっているのかなあ、、、?とふと思ってしまう。
こうやって、ふかふかの椅子に身を埋めるように座り、
窓の外をぼんやりと眺めながら葉擦れのざわざわという音を聞いているだけで
きっとゆるゆると、体は力が抜けていっているのだ。
まるで、一瞬思い出した、夏休みの子供の時の体のように。
***
緩んでぼーっとなっていると、ふと
バジルのフレッシュな香り、甘い香り、様々な香りが鼻をくすぐり、
目を上げると淡いクリーム色をしたポタージュと、
スライスされた力ある見るからにおいしそうなカンパーニュ
そして
キラキラ輝くようなグリーンが眩しい一皿が運ばれてきた。
***
どれから食べようかと目移りをしてしまう眩しさだった。
四角くサイコロ状態に切られたスイカの赤とフェタチーズの白の取り合わせ、
ズッキーニにバジルの緑×緑の潔さ、
ナスとささみの柔らかな象牙色の上に生えるミントの緑。
カラフルな夏野菜が宝石のように入っているクスクスの小山。
添えられたカンパーニュが小ぶりのキャンバスのようで
食欲がないながらにちょこちょこと、小さくいろんなものを
口に運びたくなるこのプレートは、
体力も食欲も暑さに奪われがちなこの季節に、食べるときのワクワクする気持ちを与えてくれた。
実際、ここ1〜2週間は感じなかった、久しぶりの感覚だった。
***
目を閉じて手を合わせて
「いただきます」
とつぶやく。
聞こえないように小さく言ったつもりが
ふわりと飛ぶように厨房の定位置に戻っていったお店の方にも聞こえたようで
長い小首を傾げるように
にっこりと微笑みながら
無言で「どうぞ召し上がれ」と言ってくれていた。
***
私もにっこりと微笑みながら、一口スイカの前菜を口に運んだ瞬間、
思わず「おいしい!」と目を丸くしてしまった。
「すごい!」
また先月のあの感覚が体の中に蘇ってきた。
ナス、ズッキーニ、と箸を進めるにつれ
ハーブのフレッシュさ、素材の瑞々しさがほとばしるように
体を駆け巡った。
決してキンキンに冷やした何かを口にしたわけではないのに、
さらりとした舌触りと清涼感で、
食べれば食べるほど体も気持ちも涼やかになってゆく不思議な感覚も同時にあった。
Written by Saki Ikeda
New moon Cafe Merta Sari もくじ
7月の新月
◯Story-ものがたり
《ものがたり》第2話 七月文月の新月 その1−1
《ものがたり》第2話 七月文月の新月 その1−2
《ものがたり》第2話 七月文月の新月 その1−3(最終話)
◯Recipe-レシピとオススメのお店
《Recipe》薬味たっぷりのクラムライス
《Recipe》採れたてトウモロコシのポタージュ by Tombouctou
《Recipe》スイカと山羊のチーズのサラダ
《Recipe》ズッキーニのバジルソテー(ギーで風味よく)
《Recipe》ナスとミントと鶏のヨーグルトサラダ
《Recipe》クレソンご飯(カッテージチーズで涼やかに)
《Recipe》夏野菜のクスクスタブレ
《Recommend》カンパーニュ by Yatsugatake country kitchen bakery
《Recommend》ビオワイン: コート・ドゥ・プロヴァンス ロゼ2016 (ロゼ)